そんなわけで8回目。
しばらくお休み(サボり)してました間取りショートストーリー。
今週も長めです。よければお付き合いください。

room08 渡せなかった指輪
ウチには幽霊がいる。
正確に言うと部屋を出たところにある物置部屋に。最初はびっくりしたけれど、あまりにも普通に見えるものだから怖いという感覚はいつのまにか消えうせた。健なんて缶ビールを持ち込んで仕事の愚痴を聞いてもらっていたぐらいだ。
幽霊の名前は智。性別、男。この部屋の昔の住人で、車の前に飛び出した子供をかばって事故で亡くなったらしい。生きていれば私と健と同じ26歳だ。智が自分のことで覚えている情報はそれだけ。どうして事故現場じゃなくてここ(しかもトランクルーム)にいるのかは、本人もよくわからないらしい。健と同棲を始めた1年前から、私たちはここで奇妙な共同生活を送っている。それももうすぐ終わりだけれど。
荷物を整理するためトランクルームへとやってきた私に、智が話しかけてきた。
「ねえ、ほんとに引っ越すの?」
「あたりまえでしょ。一人で暮らすにはここ、広すぎるもの」
「健だって本気で別れようなんて思ってないよ、きっと。カッとしちゃっただけだって」
「どうだか。1週間経ったって、なんの音沙汰もないのよ」
「強がらないで、こっちから連絡してみなよ」
「もう!うるさいなあ。少し黙っててよ!」
少ししゅんとした表情を見せて、智は黙り込んだ。言い過ぎたかな、と思ったけれど、健が出て行ってしまった今の私には、人を気遣うほどの余裕はない。毅然とした態度は、いつ崩れだすともわからない、弱々しい崖の上で成り立っているのだ。
黙々と片付けていると、ふと見慣れない紙袋が段ボールと壁の間に見えた。なんだろう、と思い荷物をよけてみると、それは有名なアクセサリーショップの袋だった。中には高級そうなケースに入った指輪。私はアクセサリーなんて邪魔くさいものつけないし、それは、健だって知っている。間違ってもプレゼントにアクセサリーなんてチョイスしないだろう。もしかすると、前の住人の忘れものかもしれない。ということは、イコール智の忘れものだ。壁にもたれてうつむきがちに座っている智に声をかけた。
「ねえ、智。これって智の?」
「え…?」
その青い袋を見た途端、智の顔がゆがんだ。そして、うめき声をあげながら頭を抱え、床に膝まづいた。
「智!どうしたの急に?」
「う…うう…」
彼の肩に触れようとしたとき(実際は触れないのだが)、智がだんだん透けていっていることに気がついた。
「どうしたの?ねえ?智の体、消えていってるよ?ねえ!」
何がなんだかわからずオロオロしていると、徐々に智の表情が和らいでいった。
「思い出した…。思い出したよ、みのり。僕は、一緒に住んでいた恋人にプロポーズをするつもりだったんだ…。ちょうど一年前の今日、彼女の誕生日の日に。何日も前に買った指輪が見つからないよう、このトランクルームに隠していたんだ。だけど、会社からの帰りにあの事故にあって…。気づいたらここにいた。そうか、僕はこの指輪の行方が気がかりだったんだ…」
ぽつりぽつりと話している間にも、智の体はだんだん周りの風景に同化していく。
「どうやら、この指輪を見つけることが成仏の条件だったみたいだね。今度こそ、本当にあの世行きだ」
「ちょ…ちょっと!このままいなくなるつもり!?男なら最後まできちんとケジメつけなさいよ!この指輪彼女に渡さなきゃ!」
「それはできないんだ、みのり。僕は彼女にその指輪を渡すべき日に、それを実行できなかった。同じ機会は、2度と訪れることはないんだ。それに、僕はもう彼女の世界にはいない。もちろん、彼女にその指輪をプレゼントしたいけれど、それは今の僕にはできないことなんだ」
「そんな…」
「ねえ、みのり。人は生きていると、ああすればもっと違う道が、とか、こうすればうまくいったんじゃ、なんてことをよく考える。僕もそうだった。でも、それはただの希望論に過ぎない。今流れている時間、それがすべてだ。どうかそのことを忘れないで」
「…なに、その先生みたいな言葉…」
ふっと笑って、智は消えた。
「健と、仲良くね」
泣きじゃくりながら健の携帯に電話をかけて、智が消えてしまったことを伝えた。友達の家にいたらしい健もすぐにかけつけ、冷え切ったトランクルームで二人で泣いた。たった1年一緒にいただけ。しかも相手は幽霊だ。なのに、もうここに智がいないことが悲しくて仕方なかった。
それから1年後、私たちは結婚した。結婚指輪は買わず、私は智が残した指輪を薬指にはめている。こうすることで、届けたい人に届かなかった彼の気持ちを、忘れないでいることができると思ったから。
一度、智の事故現場で手を合わせる女性を見た。髪の長い、色白の人で頬からは涙が流れていた。私と健は何も言わず、彼女が去った後に花を添え、手を合わせた。
「今流れている時間、それがすべて」
智の言葉が、頭で鳴り続けていた。
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画像が荒いのはあれですよ。
歩きながら不動産屋の看板で見つけたからです。
さて、Zest御池0時13分の奇跡は本日まで!
もっとすてきな物語が読めますよ。
ぜひぜひ、ご参加くださいませ。
(naomi)


















