room14 タイムスリップ
「…ここはどこ?」
ひんやりとした土間で身を起こし、私が発した言葉はそんな陳腐なせりふだった。周りには、近所のスーパーのビニール袋と、林檎が転がっている。
脳内処理が状況に追いついていなかったが、ひとまずゆっくりと今私の身に起きていることを咀嚼していった。
私はさっき、澄とケンカをした。理由はあいつがあまりにもだらしないから。脱いだ服はそこいらに脱ぎ散らかしっぱなし、使った食器は台所に放置、トイレの便座は上げっぱなし、洗面所の電気をつけっぱなし。一緒に住むようになって3カ月。今まではなんとか我慢してきたけれど、さすがに堪忍袋の緒が切れて、昼寝をしている澄をたたき起して説教をした。
「ねえ、一緒に暮らしてるのに、もっと相手に対しての気遣いとかないの?この家は澄だけのものじゃないのよ」
「電気がついてたり食器を置いてたり、そんなのどうでもいいじゃない。気付いた人が消すなり洗うなりしたらいんだよ」
「澄がやらなかったら、結局やるのは私じゃないの!なんでそれがわからないのよ?」
「もう、そんなにカリカリしないで…。ああ、なんだかあれ。智、あれみたい」
「?…なによ」
「僕のかあさんみたい」
その一言に、かろうじで保っていた私の理性は完全に、切れた。そのあとは正直覚えてない。気が付いたら澄をぶん殴っていて、「もう知らない」だの「勝手にしろ」だの「バカ」だの、とりあえず私の語彙の中からありったけの罵倒を浴びせて家を飛び出していた。床に突っ伏した澄が「智~どこいくの~」と呑気な言葉を投げかけたのはかろうじで覚えている。
澄の無神経さと飄々とした態度に、なかなか怒りが収まらなかったけれど、1~2時間ほど街をウロウロしている内に次第に冷静になった。
(澄はああいうやつなのだ。考え方がちょっと普通の人とズレてる。あいつはきっと、私が怒っている理由もよくわかっていないだろう。頭ごなしに言いつけるんじゃなくて、ゆっくりと話をしたらわかってくれるのに。まったく何年付き合ってんだか)
まだ怒ってはいたものの、ひとまず家路につくことにした。帰り道に近所のスーパーに寄って澄の好きな林檎を買い、深呼吸をしてから家の戸を開けた。
玄関から一歩足を踏み入れたとたん、空間がぐにゃりと曲がり、体中の内臓が裏っかえるような感覚を味わった。
そして、気が付いたら私は見知らぬ土間に寝転がっていた。
「なんなの、一体…」
まだぼんやりとした思考回路の中、ひとまず、入ってきた戸を開けようとしたけれど、戸が壁と接着していて、まったく開く気配がない。
「どういうこと…?」
ゆっくりあたりを見回すと、どうやらここは間違いなく私と澄の家だ。だが、本来の我が家には土間なんてない。玄関を開けた先は、ただの板間だ。
おそるおそる部屋の中に入ってみると、やっぱり家の間取りだけれど、置いている家具や雑貨、部屋の雰囲気が全く違う。祖父の家に似たような、妙な懐かしさを感じた。今にある小さな机には、新聞が置いてあった。まさかね、と思いつつ日付を見ると、昭和45年7月3日と印字されていた。
「もしかして、これってタイムスリップってやつ…?」
私は頭の片隅で、今では綺麗にリフォームされていて、古さをあんまり感じないけれど、この家の築年は昭和45年だと不動産屋に説明してもらったことを思い出していた。ぐるっと家の中を見回したけれど、どうやら家人は留守中のようだ。
この家にいるのは、たった一人、私だけ――
私は途方に暮れ、庭の縁側に腰をかけてこの先を案じた。
「このまま戻れなかったらどうしよう…」
頭を抱えてため息を吐いた瞬間、急に澄の顔や声やにおいが体中を巡り、涙となってからだから排出された。もう会えないのだろうか。あんなくだらないケンカをして、あれが最後になるのだろうか。澄は一人じゃ何もできない。料理も掃除も洗濯もできない。自分が脱いだ服だって片づけられないし、電気をこまめに消すことだってしやしない。私がいないとなにもできない、甘ったれな男だ。私が傍にいなきゃ――
手でぬぐうのが間に合わないほど涙を落としていると、黒ぶちのネコが私の足に体を摺り寄せてきた。
「この家ではネコを飼っているのね。…おいで」
差し出した手にアゴ擦りつけてくる無邪気な生き物の存在に、私の心は驚くほど救われた。膝の上にのせ、耳と耳の間をゆっくり撫でると、ネコは心地よさそうな表情を浮かべた。私は目を閉じ、この世界でたった一人の“ともだち”に、弱音を吐いた。
「ねえ、私もう戻れないのな…。私、大事な場所がこんなに簡単に無くなるだなんて、思ってもみなかった。…帰りたいな、澄のいる家に」
「帰りたいの?」
ハッと目を開け、ネコの顔を見ると、その両目はしっかりと私を捉えていた。
「ねえ、帰りたいの?家事はまったく手伝わないし、毎晩ごはんを作っても“ありがとう”も“おいしい”も言わない。あなた彼のそんな態度にうんざりしてたじゃない」
「そ、そりゃそうだけど…」
「本当に帰りたいの?ここに住んでしまえばいいじゃない。一人で暮らすのは楽よ。自分の面倒だけ見ていればいんだもの。相手のペースに合わせて、自分を殺すこともないわ。ああ、そうだ、心配しなくても、ここは誰の家でもないの。誰が住んだってかまないの。ね、ここに住みましょうよ」
「…でも…」
「ね、そうしましょうよ。寂しいのなら、私がいてあげるわ」
「確かに、澄と暮らすのは面倒くさいし、イライラもする…。でも、それでも…!」
「それでも?」
「…私は、澄と一緒に暮らしたい!」
「…と……も…と…も…とも…智!」
遠くから聞こえてくる呼び声に気付きまぶたをあけると、まだ霞がかった視界の先に澄がいた。
「え…す、澄…?」
「ああ、よかった。気がついた?ビックリしたよ、玄関が開いたと思ったら、でっかい音出して前のめりに倒れてるんだもの」
「あれ、ここ…どこ…?」
「何いってんの智。ここは僕と智の家だよ」
ゆっくり体を起こし辺りを見回すと、いつもの風景が目に飛び込んできた。
「私…帰ってきたの…?」
「寝ぼけてるの、智?それとも打ちどころが悪かった?…智、林檎買ってきてくれたんだね、ありがとう」
「え…?ああ、うん…」
「…あのさ、さっきはごめんね。智のことをおかあさん、だなんて…好きなひとにいう言葉じゃなかったね」
「もういいよ、気にしてない」
「家のこともさ、智にばっかり押しつけて、怒るの当然だよね。ごめん。僕、どうしても家事が苦手で…でもここは僕たち二人の家だもんね。これからはちゃんとするから、智も気になることがあったら、どんどん言ってね!」
「…」
「と、智?泣いてるの?」
私は目の前にいる同居人に、ぎゅっと抱きついた。
「どうしたの、智?」
「あのね、私ね」
「うん?」
「澄と一緒に住めて、本当にうれしい」
澄は、泣きじゃくる私の頭を「よしよし」と撫で続けた。「ニャー」とネコの鳴き声が、庭から聞こえてきた気がした。
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「2週間はいくらなんでもサボりすぎだろ!」
ええ、みなさん。もっと私に罵声を浴びせてください。罵ってください。大丈夫です、私Mなので。
いやね、この2週間の間、PC(VAIO)がぶっ壊れて入院していたんですよ。そうそう、不可抗力なんですって。え?関係ない?…大変失礼いたしました。
夏がくると「時をかける少女」を思い出す、ということでタイムスリップネタ。パラレルワールドとかタイムスリップとかの類の話が大好物です。
友達であれ、恋人であれ、血のつながった家族であれ、同じ時間・同じ場所を共有することって難しいよね、でも共有する相手がいなくなると、その大事さに気付くよねってことでした。
今週もおもしろ間取りのリークは皆無でへこんでます。励ましてください。
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明日はTwitterで下ネタばっかりつぶやいているみほたんの出番だよ。
(タニグチ)
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