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  2. 謎の館からの脱出 解説付きクリアファイル ディレクター加藤 隆生のコメント

謎の館からの脱出 解説付きクリアファイル ディレクター加藤 隆生のコメント

加藤 隆生

〈ディレクター:加藤 隆生〉
株式会社SCRAP代表取締役。2004年にフリーペーパー「SCRAP」を創刊。誌面と連動したイベント企画「リアル脱出ゲーム」が好評を博し、2008年には「SCRAP」を株式会社化。『学校の77不思議からの脱出』『夜の幽霊アパート』などでディレクターを務めた。
バンド「ロボピッチャー」でライブ活動も行なっている。

2025年1月2日。私は京都に帰省していた。
おせち料理を食すことに早速飽き、家族親族とお互いの無事を確かめ合い、正月のテレビを観みながら渇いた笑い声を上げていると、急激に自己肯定感が下がっていき、年明け早々生まれてきた意味などを考え始めてしまったので、その場にあるお正月的なものから逃れるように外に出て、京都の町を歩いた。

京都は私が30年以上過ごした街で、そりゃあそこかしこに思い出が染しみついており、ぎゃあと叫びだしたくなる愚行の数々や、「あの頃の俺達にだけあるあの栄光のあれ」みたいな高低差の激しいさまざまな記憶が街の風景と共に脳裏に体当たりしてくる。
とはいえもう京都を離れて14年。「俺の京都」の定義もずいぶん変わり、肉体と直接繋つながったような地続きの京都ではなく、やや距離を置いて手のひらに乗せてみて「ふむふむ」とうなずきながら京都を眺められるようになっていた。

改めて見るその街は、見るというより読むに近いような街で、物語がすでにそこに棲すみついており、そこらじゅうで異常な連作短編が結びつくこともなく日夜生まれ続けているようだった。
通り過ぎる屋敷は、もはや殺人事件が起こっていなくてはむしろ不自然なほど殺人事件が起こっていそうで、夕刻に歩いた飲み屋街では黒髪の乙女が奇々怪々な人々と酒を酌くみ交かわし、どの扉を開けても異世界に転生できてしまいそうだった。全扉で異世界が「いらっしゃいませ」と言っていた。

私はここで物語を作らねばならないと思った。
もはや作るというよりもそこにあるものを掘り出して抽出するだけに思えた。傑作どもがごろごろと海岸に打ち上げられたトドの死体のように並んでいる。
この物語の気配を釣り上げて現実のものとし、この街に現出させねばならぬ。

その1か月後に私は再び京都に降り立ち、不動産屋さんとたくさんの町家を見て回った。
「なるべく殺人事件が起こりそうな町家がいいんですよねー」という私の不穏な発言にも「ふむふむだとしたらここはどうですか?」と一切動じる気配を見せずに対応する剛毅ごうきな不動産屋さんであった。
10軒くらい見ただろうか。
どれもよいものだった。もう10個の傑作を作る準備ができていた。
「最高です」「マーベラスです」「世界記録です」「人類が進化しちゃいそう」など絶賛しつつなぜか確定させない私を見ながら「じゃあ次に行きましょう」と淡々と進行を進める剛毅な不動産屋さんだった。
なぜ決められなかったのかというと、あまりにもゴロゴロと素晴らしい場所が出てくるので「まだもっとすごい出会いがあるんじゃないか」と考えてしまったからだと思う。

不動産屋さんは「じゃあ最後にここに行きますか」といってある町家に私を連れていった。
その町家の前についた時、彼は言った。「あ、ここ入れへんのやった。外から見るだけでもいいですか?」と。
しかし私にはわかった。ここが目的地だ。
ここで私は謎に満ちた物語を作る。その場所をめがけて世界中から人が集まってくる。
「ここにします」とその場で言ったのならまあドラマチックだが「前向きに検討します」と分別のあるこころを見せつけつつ一旦東京へ戻り、すぐに契約を進めた。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

館の中に1組だけが入って遊べるゲームにすることは最初から決まっていた。
自分たちだけでその場所を独占するのだ。その場所は「私たち」のためだけの場所であり、これは「私たち」のためだけの物語なのだ。
そこにいるのは「私たち」だけで、他には誰もいない。そこにあるものはすべて「私たち」だけのためのもので、誰かのためのものは一つもない。それでいて「私たち」だけでは手に負えないほど広大な場所がる。「私たち」に比べて圧倒的に空間が広く、そこに何があるのかを把握するだけで時間がかかり、その奥行きが先の見えない物語の期待と不安を生み出す。

館の中で謎を作るのは幸せな体験だった。
この館で謎解きを楽しみ、しかもこんなグッズまで買ってくださったみなさんにいうことでもないとは思うが、この館を誰よりも楽しんだのは私だろう。
この館の謎を作っている時には、とにかく不思議なことがたくさん起こった。
隠し部屋を作りたいねえと話していたら、壁の向こうに謎の空間が発見された。みなさんがタンスの向こう側に見つけたあの空間である。あれは元々の住人も使っていなかった空間らしく、まさに隠された部屋だった。
ここらあたりではしごに登りたいねえと話していたら、前の住人が置いていったはしごが発見された。しかもそのハシゴは椅子に変形した! もうそのまま謎だった。あれは我々が作ったギミックではない。たまたま館に置いてあった、あの奇妙な椅子こそがそのまま謎になったのだ。謎を作るというよりも館にある謎を発見していけば完成に近づくようだった。
ゲラゲラ笑いながら私たちは謎を作り続けた。
謎めいた蔵があり、庭があり、灯篭とうろうがあり、
そして井戸があった。
井戸を物語に結びつける方法をずっと考えていて、あのトリックを思いついた。
あれを思いついた時、ちょっと世界が輝いて見えた。幸せの中にいたと思う。
それを起点に物語を考えはじめた。合計8人の登場人物。彼らの過去。そして彼らの罪。
物語を紡つむいでいくのは大変だった。整合性を取るのはもっと大変だった。
よく著名な作家さんが「勝手に登場人物が動き出して、思いもよらない方向に物語が進んでいくんですよねー」みたいなことを言うが『謎の館からの脱出』の登場人物たちはそんなことまったくなくて、きちんと正座して僕の方を向き、指示が来るのを待っていた。指示待ち人間どもだった。もうあいつらとは仕事しねえ。あいつらが自分の部下だったら手取り足取り全部の指示を出さないといけないから大変だろう。
物語は、いつもどこかが破綻して、矛盾を生んでいった。
私たちはボロボロの服の傷を一つ一つ縫い合わせるようにして、ただただ丁寧に傷をふさいでいった。1つの傷をふさいだら、別の傷が発生した。1つの傷をふさいだら傷が2つに増えたことすらある。バイバインかよと思った。それでもいつしか傷は減っていき、ロケットで栗くりまんじゅうを宇宙空間に飛ばす如く、矛盾はなくなっていった。たぶんなくなった。もし見つけたらこっそり教えてください。

4時間のゲームを作るのは大変だった。
もう18年以上1時間のゲームを作り続けているので、1時間のゲームを作る体に最適化されていたのだ。
走り高跳びの選手が急にマラソンに挑戦するような気分だった。
ちなみに私は高校時代、走り高跳びを嗜たしなんでいたのでこの比喩には説得力がある。実際長距離走は今でも苦手だし。
4時間のゲームを作るにあたって、あたりまえだけど考える量が4倍になった。
整合性について考える時間は6倍くらいになった。
おそらく精神の疲労度は10倍くらいだっただろう。
ただそれでも楽しい時間だった。
私がこれからもものづくりをし続けるなら、あのトリックを思いついた時の身体に冷気が通り過ぎたような感覚を忘れることはないだろう。あれは一瞬だけだった。でも今でも体の奥にあの冷気の存在を感じている。

遊んでくださってありがとうございます。
とても勇気のいる買い物だったと思う。ここに来てくださったことに心から感謝を。
私たちは物語の半分しか作ることができない。
骨格だけ作って、あとはあなたたちがこの骨格の中を生きてもらうことによって完成する。
私たちはその完成品を見ることができないから、聞くしかないのです。
どうでしたか? 楽しかったですか?と。
この物語があなたたちのためだけの物語になっていればよいのだけど。
もし良い感想がたくさん届いたら、また館の第2弾を作りたいと思うかもしれない。今はそんな気持ち一切ないけど。もう空っぽでなんにも出てこないって程『謎の館からの脱出』にすべてのアイデアを注ぎ込んだから。
タンスの奥に部屋が見つかった時の気持ちや、公造の狂気の謎解きクリエイターぶりや、結局一番したたかだった優子のことや、あなたたちの父である雄真のことなどを時々思い出して、物語の空白部分をあなたたちが埋めてくれるとうれしい。
結局のところ、それこそがこの物語の完成品なのだから。

公造に「わしが丹精込めて作った遺産相続ゲームを台無しにした者は、生かしてはおけない」というセリフを言わせた時、恐怖のような感情が私の中に走った。
それがなぜだったのかその時はわからなかったけど、今考えるとたぶん、ちょっとだけ彼の気持ちがわかってしまったんだと思う。

わかるよ。
こんなに面白いゲームを作るためならば、悪魔に魂を売ったって惜しくないよね、と。
そしてそんなゲームを台無しにされたら、殺したくなっちゃうよね、と。

そんな場所でものをつくれることを幸せと名付けつつ、さて次は何をつくろっかな、などと考えている。

2026年2月8日
SCRAP 加藤 隆生

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