2月14日、12時の鐘がなるまでに。9 【第7章】 ハイネとあなたたちがたどり着いたのは、「ネオ稲荷ジンジャ」だった。 「ショータくんの忘れたものは『商店街特製の油揚げ』、黒猫くんが言っていたのはパッケージに描かれている絵のことで、4本の赤い線は鳥居。黄色い星の半分みたいなのはきつねさまの頭の部分だったんだね」 「はい。ショータくんの絵日記に、昨日油揚げを持ってお願いにいったと書いてあったので気がついたんです。きつねさまもショータくんが昨日お願いにきたって言ってましたし……!」 ハイネはそう言うと、先ほど、猫の時に上った時よりも大きな歩幅で、長い長い階段を一気に駆け上っていく。 上につくと、そこには昼間と変わらない光景の中、1人の少年が何かお願い事をするように社の前に立っていた。 「ショータくん……!」 息を切らして叫んだハイネの言葉に、彼が振り返る。 「君は……?」 「あの、ぼく……ぼくは……」 言葉がうまく出てこないハイネを見て、あなたとカムパネルラは静かに見守りながら心の中で声援を送った。 しばらくして、ようやく心を決めたように握り拳をギュッと握ったハイネは、ショータのことをまっすぐ見てて口を開いた。 「こ、これ……!!」 ハイネは押し付けるように、ラッピングをショータに渡した。 「あ、ありがとう、これは……?」 「それは……」 その時、ゴーン、ゴーンと、ジンジャに古い鐘の音が響き渡った。 12時の鐘だ。 その音を聞いてきつねの言葉を思い出したハイネは、「じゃ、じゃあ……!」と言うとショータに背を向けてその場から駆け出した。 「……まって、その赤いマフラー、もしかして……!」 そう投げかけるショータの声を遠くに聞きながら、ハイネは一気にジンジャの階段を駆け下りた。 階段を下りる途中で魔法がとけていき、みるみるうちにもとの灰猫の姿に戻っていく。 人間の時にぴったりだった真っ赤なマフラーは、するすると首から落ちて、ジンジャの階段へと残された。 そんなことにも気がつかずに、無我夢中でハイネは走る。 走って走って、たどり着いたのは、はなぞの公園だった。 あなたたちは、公園にたたずむ小さな灰色の背中が震えているのに気がついて、優しくハイネの名前を呼んだ。 すると、目に涙をためながら、どこか諦めたように笑ってハイネが答える。 「……せっかく、人間にしてもらったのに、お二人にもたくさん手伝ってもらったのに、あの雪の日のお礼を、彼に伝えることはできませんでした」 「でも、ラッピングはちゃんと渡せたじゃないか、きっと、感謝の気持ちは彼に伝わってるよ。……それこそ、猫の時でさえね」 「……そうで、しょうか」 「そうそう、あ、彼が無事家に帰ってきたみたいだよ」 はなぞの公園から家に向かうショータを見つけ、3匹は後をついていく。 ショータが家の玄関のチャイムを鳴らすと、飛び出してきた彼のお母さんとお父さんはとても心配した顔をして、彼をギュッと抱きしめた。それから、ほっとしたようにみんなで顔を見合わせ、あたりには優しい笑い声が広がる。 ハイネは眩しそうに目を細めてその様子を見つめた。 「……行かないのかい?」 「……はい。灰猫のぼくには、あんなに眩しくてきらきらしたところに、行くことはできないですから」 一瞬目を閉じ、こちらに向き直った彼は、どこか諦めたような、すっきりしたような顔をしていた。 「今日は、ありがとうございました。一瞬でも、彼と話せたこと、一生の想い出です。みなさんにお願いして、よかった」 「……そう言ってもらえると、嬉しいよ。今日は、この後どうするの?」 「……またジンジャに戻って、屋根の下に戻ります」 「大丈夫?」 ハイネは小さくうなずいて大丈夫ですと伝えた。 一人にしてほしい雰囲気を感じ取ったカムパネルラは、潔く今日は帰ろうと決意する。 「わかった。今日は本当にお疲れ様。またいつか、何か相談したいときはぼくたちの事務所にやってきてね。いつでも君を歓迎するよ」 「はい! 新入りさんもカムパネルラさんも、またいつか、ネオ稲荷タウンにきてくださいね」 あなたとカムパネルラは見送るハイネを残して最終電車に飛び乗り、事務所がある街へと戻った。 そのまま第8章へ進む