Mystery for You メモリー オブ サイコ_06
翌朝、起きたら記憶が綺麗(きれい)に元通り。なんて奇跡は当然起こらなかった。
「おはよう、相棒。自分の名前は言えるか?」
「クリス・ハルトだと、昨日聞いた。だが記憶が戻ったわけじゃない。」
「そうか、だが安心してくれ。今日からは、お前の記憶を取り戻すための、化学的及び心理学的な処置を行なう。」
「処置?」
「ああ、我々警察の化学班と臨床心理班の研究の賜物だ。そんなことも忘れてしまったんだな…。まずはこの薬、“ルドモガ・クオキクゴス錠”を飲んでもらおう。」
「ルドモガ、なんだって?……なんだそのあまりにも効きそうな名前の薬は。」
「響きだけですごそうな気がするよな。ジンクピリチオン効果ってやつだ。安心しろ、動物実験はクリアしていると聞いている。」
「絶妙に不安になる安心材料だ…。」
しかし他に手段はない。心を決めて私は薬を一気に飲み干す。
「偉いぞ。それでは事件当日、お前が目にしたことを思い出していこう。」
そう言って男、つまり私の相棒は1枚の紙を差し出す。
「これは所謂(いわゆる)……謎解きや暗号の類に見えるが。」
「お前は謎解きが好きだったからな。そう感じるということは、早速少し薬が効いているのかもしれない。いい兆候だ。安心してくれ、これは立派な心理学的処置だよ。昨日やってもらった、ロールシャッハテストと似たようなものだな。」
ー封筒「2日目」を開けて、都度指定された番号のテストを実施してくださいー
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1日目
「そうか、相棒よ…… 本当に、記憶喪失(そうしつ)なんだな。」
私の“相棒”を名乗る男は、肩を落としながらそう言う。
話によれば、男と私は警察組織の捜査官として、長く活動をともにしてきた仲間らしい。
しかし流石はプロの捜査官というところか。
男は、すぐに気を取り直して続けた。
「クリス・ハルト、まずはお前の状態を把握する必要がある。簡単な心理テストだ。正しいと思う回答をしてくれ。」
クリス・ハルト。それが私の名前らしい。差し出されたのは、なるほど確かに心理テストのようだった。
自分には不思議と、回答は1つしかないように思えた。
ー封筒「1日目」を開け「潜在連合テスト」を実施してくださいー
「なるほど。少なくとも、落ち着いてはいるようだな。安心したよ。」
男は笑みを浮かべる。それが作り笑いだということはわかるが、なぜだか安心感がある。
「大丈夫だ。ゆっくり、思い出していこう。きっと少しは覚えていることがあるはずだ。たとえばお前は、いや俺たちは、ある人物を追っていた。そのことは覚えているか?」
男は捜査官を名乗っており、私もそうであるらしい。そして、我々は一緒にある人物を追っていたということだが…。
頭に霧がかかったような感覚で、なかなか思い出せない。私が首を横に振ると、彼はまた次の紙を差し出した。
「次の課題を解くうちに、何か思い出せるかもしれない。試してみてくれ。」
ー「ストループ課題」を実施してくださいー
…殺人鬼。
「その通りだ。連続殺人鬼、通称“サイコ”。俺たちが追っていた凶悪犯の名前だ。」
男の話によると、こうだ。
私たちは、この街を騒がす連続殺人鬼「サイコ」を追っていた。サイコは凶悪な殺人鬼で、老若男女を問わず極悪非道な方法で多くの命を奪ってきた、まさにサイコパスらしい。警察は誰も、その正体さえもつかめずにいた。
「お前から通信が来たときには驚いた。サイコに遭遇した、と言うんだからな。」
私は捜査中、まさにサイコが新たな被害者に手をかけた、その瞬間に出くわしたらしい。
「俺はそこで待て、と言ったが…。いや、責めるつもりはないんだ。お前は確かに無謀だったが、サイコと被害者が目の前にいれば、体が先に動くのは警察として当然のことさ。」
しかし私はサイコとの戦いに紙一重で敗れた。記憶は、そのときのショックで失ったのだろうということだ。とはいえサイコも満身創痍(まんしんそうい)で逃亡したはずであり、私が一刻も早く記憶を取り戻し、サイコを追うことが重要である。
「記憶というのは時の断片を貼り合わせたコラージュのようなものだ。適切な処置を行ない、サイコについての記憶をこれから探っていくにあたって、お前の心のより深くに、多角的にアプローチする必要がある。」
ー「バウムテスト」と「ロールシャッハテスト」を実施してくださいー
「お疲れ様。無理をして頭や体に負担をかけすぎては、逆効果になる。今日のところは休むとしよう。」
そういって男は私を個室に案内する。中に入ると、背後からガチャリと金属音が聞こえた。
「……鍵?」
鉄格子でできた扉には、錠がかけられるようになっていた。ただし、外から。
「ああ、お前が目を覚ましたときひどく錯乱していてな。互いに危険だと判断したんだ。こんな牢屋(ろうや)みたいな部屋で申し訳ない。君の精神が安定して、ちゃんと記憶が戻ってきたらすぐに移動するから我慢してほしい。必要なものがあればすぐに届けるから言ってくれ。」
「それなら、新聞を差し入れてくれないか。」
「もちろんいいとも。すぐに持ってくる。」

「それじゃあおやすみ、相棒。また明日の朝迎えに来るよ。」
男は、部屋に鍵をかけて立ち去った。
新聞には、連続殺人鬼「サイコ」による殺人が一面で掲載されている。私が遭遇し、そしてとり逃したまさにその事件のことだろう。記事を読んで理解する。こいつの残虐性は常軌を逸している。
記事の内容はいやに詳細で、苦痛に歪(ゆが)む被害者の顔が目の前に浮かぶようだった。記憶は失っているが、それでも自らに「正義感」が宿っていることを感じる。犯人への強い怒りの気持ち。私が捜査官であったというのも本当なのだろうと思う。
早く記憶を取り戻し、必ず捕まえてやる。