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  2. Mystery for You メモリー オブ サイコ_23

Mystery for You メモリー オブ サイコ_23

部屋を捜索すると、金庫を見つけた。周りを注意深く探ると、金庫の裏側に封筒が貼り付けられており、中には暗号用紙が入っていた。

金庫の中にはどうやら緊急時用の合鍵が入っており、3桁の開鍵番号が、暗号によって守られているということらしい。

さっきまでの私なら、これも「心理学的処置」に見えていただろうか。だが私は、あいにく謎解きが得意なのだ。新聞社に自作のパズルを寄稿するほどに。

 

ー封筒「3日目の夜の終わり」を開け、暗号を解き、金庫の暗証番号を入力してくださいー

※3桁の数字で入力

シールを貼る問題

シール用紙には12種類のイラストが存在する。これらのうち使用するのは、左上から右下に数えて1/2/3/4/5/7/9/11/12番目だ

ヒント2

真ん中の四角の周りにはハ/イ/ユ/ウの4文字が配置されているので、「俳優」を指すシールを貼ろう。何も書いていない白丸にはそれぞれカタカナが1文字入り、すべての四角にその四角の周りに入る4文字を指すシールを貼ることでパズルは完成する

ヒント3

使用するシールが指すものは、左上から順に、勇者、夕飯、石臼、俳優、早馬、跳満《麻雀(マージャン)を知らない人でも、前の問題で解いたクロスワードを見ればわかる》、声優、彗星(すいせい)、郵送

ヒント4

パズルの左上には「跳満」のシールを、右下には「彗星」のシールを貼ろう

答え

パズルの左上から右下に向かって、跳満、早馬、勇者、夕飯、俳優、石臼、郵送、声優、彗星の順にシールを貼ろう

合鍵取得用パスワード

パズルの結果から、赤/緑/青の枠には、順に俳優/勇者/郵送が入ることがわかる。さらに、これらを囲むように3種類の枠が登場している。これらの枠に見覚えはないだろうか

ヒント2

それぞれの色のついた枠が点線の枠で囲まれている。この点線は2日目のイラストが描かれた8つの謎の1問目で使用されていたもので「ゆう」を「た」に変えるものだった。すると、それぞれの単語は「はいた」「たしゃ」「たそう」になる。これらの“下”とは何を指すかを考えよう

ヒント3

「はいたの下」などの文章を囲む枠は、シール用紙を囲む枠と同じデザインである。シール用紙に残されたシールを見ると、「歯痛」「他者」「多層」のイラストになっている。これらのシールの“下”を見よう

ヒント4

シールを剥がすと「破」「詩」「坂」という文字が出てくるので、「はいたの下」は「破」である、といったことがわかる。次は「破の間」等の文章が何を指すかを考えよう。「破の間」を囲むインクのシミのような枠は、これまで解いたさまざまな問題に点在している。共通点は、漢字が並んだ問題であるという点だ

答え

インクのシミのような枠で囲まれた過去の問題から、「破」の文字を探すと、3日目の心的回転課題②に鏡写しになっている「石」と「皮」が見つかる。この間を読むと「幻」となり、「破の間の画数」は4であることがわかる。3日目の心的回転課題③と1日目のストループ課題を参照することで、「詩」の間は「長」で8画、「坂」の間は「氷」で5画であるとわかる。したがってパスワードは「485」

これまでのストーリーを読む

1日目

「そうか、相棒よ…… 本当に、記憶喪失(そうしつ)なんだな。」

私の“相棒”を名乗る男は、肩を落としながらそう言う。
話によれば、男と私は警察組織の捜査官として、長く活動をともにしてきた仲間らしい。

しかし流石はプロの捜査官というところか。
男は、すぐに気を取り直して続けた。

「クリス・ハルト、まずはお前の状態を把握する必要がある。簡単な心理テストだ。正しいと思う回答をしてくれ。」

クリス・ハルト。それが私の名前らしい。差し出されたのは、なるほど確かに心理テストのようだった。
自分には不思議と、回答は1つしかないように思えた。

 

ー封筒「1日目」を開け「潜在連合テスト」を実施してくださいー

「なるほど。少なくとも、落ち着いてはいるようだな。安心したよ。」

男は笑みを浮かべる。それが作り笑いだということはわかるが、なぜだか安心感がある。

「大丈夫だ。ゆっくり、思い出していこう。きっと少しは覚えていることがあるはずだ。たとえばお前は、いや俺たちは、ある人物を追っていた。そのことは覚えているか?」

男は捜査官を名乗っており、私もそうであるらしい。そして、我々は一緒にある人物を追っていたということだが…。

頭に霧がかかったような感覚で、なかなか思い出せない。私が首を横に振ると、彼はまた次の紙を差し出した。

「次の課題を解くうちに、何か思い出せるかもしれない。試してみてくれ。」

 

ー「ストループ課題」を実施してくださいー

…殺人鬼。

「その通りだ。連続殺人鬼、通称“サイコ”。俺たちが追っていた凶悪犯の名前だ。」

男の話によると、こうだ。

私たちは、この街を騒がす連続殺人鬼「サイコ」を追っていた。サイコは凶悪な殺人鬼で、老若男女を問わず極悪非道な方法で多くの命を奪ってきた、まさにサイコパスらしい。警察は誰も、その正体さえもつかめずにいた。

「お前から通信が来たときには驚いた。サイコに遭遇した、と言うんだからな。」

私は捜査中、まさにサイコが新たな被害者に手をかけた、その瞬間に出くわしたらしい。

「俺はそこで待て、と言ったが…。いや、責めるつもりはないんだ。お前は確かに無謀だったが、サイコと被害者が目の前にいれば、体が先に動くのは警察として当然のことさ。」

しかし私はサイコとの戦いに紙一重で敗れた。記憶は、そのときのショックで失ったのだろうということだ。とはいえサイコも満身創痍(まんしんそうい)で逃亡したはずであり、私が一刻も早く記憶を取り戻し、サイコを追うことが重要である。

「記憶というのは時の断片を貼り合わせたコラージュのようなものだ。適切な処置を行ない、サイコについての記憶をこれから探っていくにあたって、お前の心のより深くに、多角的にアプローチする必要がある。」

 

ー「バウムテスト」と「ロールシャッハテスト」を実施してくださいー

「お疲れ様。無理をして頭や体に負担をかけすぎては、逆効果になる。今日のところは休むとしよう。」

そういって男は私を個室に案内する。中に入ると、背後からガチャリと金属音が聞こえた。

「……鍵?」

鉄格子でできた扉には、錠がかけられるようになっていた。ただし、外から。

「ああ、お前が目を覚ましたときひどく錯乱していてな。互いに危険だと判断したんだ。こんな牢屋(ろうや)みたいな部屋で申し訳ない。君の精神が安定して、ちゃんと記憶が戻ってきたらすぐに移動するから我慢してほしい。必要なものがあればすぐに届けるから言ってくれ。」

「それなら、新聞を差し入れてくれないか。」

「もちろんいいとも。すぐに持ってくる。」

STEP1

「それじゃあおやすみ、相棒。また明日の朝迎えに来るよ。」

男は、部屋に鍵をかけて立ち去った。

新聞には、連続殺人鬼「サイコ」による殺人が一面で掲載されている。私が遭遇し、そしてとり逃したまさにその事件のことだろう。記事を読んで理解する。こいつの残虐性は常軌を逸している。

記事の内容はいやに詳細で、苦痛に歪(ゆが)む被害者の顔が目の前に浮かぶようだった。記憶は失っているが、それでも自らに「正義感」が宿っていることを感じる。犯人への強い怒りの気持ち。私が捜査官であったというのも本当なのだろうと思う。

早く記憶を取り戻し、必ず捕まえてやる。

2日目

翌朝、起きたら記憶が綺麗(きれい)に元通り。なんて奇跡は当然起こらなかった。

「おはよう、相棒。自分の名前は言えるか?」

「クリス・ハルトだと、昨日聞いた。だが記憶が戻ったわけじゃない。」

「そうか、だが安心してくれ。今日からは、お前の記憶を取り戻すための、化学的及び心理学的な処置を行なう。」

「処置?」

「ああ、我々警察の化学班と臨床心理班の研究の賜物だ。そんなことも忘れてしまったんだな…。まずはこの薬、“ルドモガ・クオキクゴス錠”を飲んでもらおう。」

「ルドモガ、なんだって?……なんだそのあまりにも効きそうな名前の薬は。」

「響きだけですごそうな気がするよな。ジンクピリチオン効果ってやつだ。安心しろ、動物実験はクリアしていると聞いている。」

「絶妙に不安になる安心材料だ…。」

しかし他に手段はない。心を決めて私は薬を一気に飲み干す。

「偉いぞ。それでは事件当日、お前が目にしたことを思い出していこう。」

そう言って男、つまり私の相棒は1枚の紙を差し出す。

「これは所謂(いわゆる)……謎解きや暗号の類に見えるが。」

「お前は謎解きが好きだったからな。そう感じるということは、早速少し薬が効いているのかもしれない。いい兆候だ。安心してくれ、これは立派な心理学的処置だよ。昨日やってもらった、ロールシャッハテストと似たようなものだな。」

 

ー封筒「2日目」を開けて、都度指定された番号のテストを実施してくださいー

「薬とイラストの効果で少しずつ記憶が戻るはずだ。まずは①のイラストを見ながら、サイコに遭遇した時間帯を思い出してみてくれ。」

イラストを見つめるうちに、不思議なことに頭の霧が少しずつ晴れていくような気がした。脳内で少しずつ、イメージが形作られていく。

「確か、7月19日の【 夕方 】だった。」

「その通りだ! 確かに、俺がお前から無線を受けた日時と一致する。順調だ。次は7月19日の夕方、サイコに遭遇するまでの経緯を思い出せるか? ②〜④のイラストを見ながら思い出してくれ。」

点と点が線を成し、線と線が像を結んでいく。

私は、昼食を食べ損ねていたので、行きつけの【 ピザ 】屋に行くところだった。そこで【 タバスコ 】をたっぷりかけるのが私のお決まりだ。店は【 ダウンタウン 】のはずれにあり、いつも他に客がいないのも気に入っているポイントだ。

店に向かう途中で、少女が野良猫を追って路地の方へ入っていくのを見かけた。人目も少なく、お世辞にも治安が良いとは言えないエリアだ。私は慌てて少女を追った。

少女はなかなか見つからなかった。

「…なるほど。それはお前しか知らない情報だが、きっと確かだろう。犯行現場については覚えているか?」

⑤の問題を解きながら、ぼんやりと浮かぶイメージに意識を向ける。

人気のない路地裏だ。

血の匂いが立ち込めていた。

遠くから、教会の【 パイプオルガン 】の音がした。

「サイコと言葉は交わしたか? 」

相棒の問いかけになんとか記憶を辿(たど)りながら、テストの続きを行なう。
そうだ。確かサイコは、このように言っていた。

「邪魔をしないでくれよ。作品づくりの途中なんだ。【 ビーナス 】の彫像を知っているか? 見てくれよこの娘、理想的な【 体型 】だろう。」

そう言って、サイコは手に持った【 ナイフ 】を頭上に掲げた。
少女は、両腕を切り落とされていた。

長時間取り組んだせいか、頭が強く痛み始めた。

「限界か、今日はここまでにしよう。」

しかし、もう少し続ければ、事件の核心に迫れるかもしれない。

「大丈夫だ、まだやれる。」

「お前の記憶は、確実に戻ってきている。ここで無理をすることで脳に過剰な負担がかかれば、すべて台無しになる可能性もある。急がば回れだ。」

強く促され、自分の部屋に戻る。

結局、サイコの容姿や足取りまでは思い出せなかった。自分自身についての記憶も、ほとんど戻ってはいない。しかし、現場の記憶だけは鮮明に思い出せる。

吐き気を催しトイレに駆け込んだ。顔を洗ったあと、あらためて鏡でまじまじと自分の姿を見てみる。

ボサボサの銀髪。
顔にはひどいやけどの痕。古い傷なので、サイコと争ったときのもの、というわけではないだろう。

そこに映っているのは当然自分自身だが、自分のことを覚えていないからか、まるで他の誰かを見ているような、奇妙な感覚を覚えた。

そういえば、今は何時なのだろうか。
自分が腕時計をしていることに気付き、時間を確かめようする。随分と奇妙なデザインの腕時計は、壊れてしまっているようで、どの針も微動だにしなかった。

机には今日も差し入れの新聞。少し目を通したが、疲れていたのかすぐに眠くなり、気付けば眠りに落ちていた。

3日目

「おはよう、相棒。まずは……自分の名前は言えるか?」

「クリス・ハルトだと知っているが、昨日も言った通り、思い出したから言えるというわけじゃない。このやり取り、必要か?」

「……重要なんだよ。さて、経過は順調だ。今日こそ、サイコの正体と足取りを明らかにしよう。」

昨晩はしっかりと寝たはずだが、頭痛はあまり良くはなっていない。

しかし、今日こそ記憶を取り戻し、一刻も早くサイコを追いたい。
相棒の目を見つめ、私は頷(うなず)く。

「そうしよう。始めてくれ。」

 

ー封筒「3日目」を開けて、心的回転課題/TAT/知覚の誤り課題に回答してくださいー

「しかし、サイコについてはわからないことばかりだ…。やつは何故、次々と罪を犯すのか。どうして死体を弄(もてあそ)んだ上で、“作品”だなどと嘯(うそぶ)くのか。このテストによって、何かわかったりしないか?」

現場に居合わせた私は、不思議とサイコの心理について語ることができた。

サイコの原動力になっているのは、おそらく【  喪失 】感だ。“作品”づくりへの情熱、といったものよりもむしろ、ある種【 再起 】のための手段なんだ。

過去の大火事、アトリエが全焼した、によって絶たれた将来の可能性。手に入らなくなった未来。それを受け入れられず、歪(ゆが)んだ形で自らを慰めている。

彼は、【 芸術家 】になりたかったんだ。

「サイコとそんな話までしたのか。芸術家になれなかった過去を引きずり、代わりに未来のある子どもたちの命を奪っているなんて、やはり許せないサイコパス野郎だ。」

急に、頭の痛みが強くなる。思わず声が漏れる。

「どうした? 大丈夫か?」

痛みと引き換えに、記憶がまた一つ甦(よみがえ)ってくる予感がする。

「問題ない。それより、犯人の顔を…思い出せそうだ。」

「本当か?」

相棒が勢いよく、こちらへ身を乗り出す。差し出されたテストを手に取る。

「わかりやすい特徴が2つある。【 やけど 】と【 銀 】色の髪だ。」

「その特徴って…。自分が何を言っているかわかっているのか? お前は、サイコの正体がわかったと言っているようなものだ。本当なのか? 違うと信じたいが、もしわかるなら、サイコの名前を俺に教えてくれ。」

もはやテストは不要なように思えたが、祈るような声色で問いかけ、最後の用紙を差し出す相棒を無碍(むげ)にはできなかった。
そして私は答える……。

「 【 クリス・ハルト 】 。」

「……記憶は、確かなんだな?」

「ああ、そうみたいだ…。」

すべての記憶が元に戻ったわけではない。しかし、取り戻した記憶は、確かなリアリティをもって……私こそが「サイコ」であると告げていた。

「そうか…。相棒、いや、クリス・ハルト。お前だったのか…。たしかに昼食に行く道すがらで、あの神出鬼没のサイコに出くわすなんて偶然が過ぎるとは思っていた。それに、お前が語った記憶は今思えば……サイコ本人の目線だと考えてもしっくりくる。…手錠は、必要か?」

「不要だ。」

きっと私は“サイコ”その人なのだろうが、殺人鬼としての自覚が戻ったわけではない。誰かの命を奪おうだなんてもちろん思わないし、それでも罪を犯したのであれば裁きを受け入れたいと思う。

「目を見たらわかったよ、相棒。今日は部屋に戻ろう。本部には、明日伝えることにする。」

部屋に戻って、鏡を見る。ボサボサの銀髪に、やけどの痕。これはかつての火事で、できたものということだろう。

今思えば、新聞を読んだとき「目の前に浮かぶようだ」と思った、苦痛に歪む被害者の顔も、私がこの目で、眼前で、じっくりと見たものだったのかもしれない。

殺人鬼としての記憶がすっかり戻って、正義感や極悪非道な罪への怒りといった感情がすべて消えてくれていたら、まだマシだったろうか、などと思う。

引き出しが少しだけ開いているのに気付く。中にはお誂(あつら)え向けに、ロープがしまわれていた。天井には、頑丈そうな梁(はり)。机の前には椅子もある。机の上にはメモとペン。遺書を書くには最適だ。幸いにも記憶喪失で、思い残すことは何もない。

その横には、今日の新聞。数日後には自分、つまりサイコの自死が一面に乗るだろう。そんなことを考えながら新聞に目をやると、今日はクロスワードが掲載されている。読者投稿型のコーナーのようだ。

ふと投稿者に目をやると…「クリス・ハルト」。なんと投稿者は自分ではないか! そういえば確かに、私は謎解きが好きだったと相棒が言っていたが。この陰気で醜悪な殺人鬼は、自作のパズルを作って、新聞に投稿までしていたらしい。それが掲載されるのが今日だなんて、傑作だ。

 

ー封筒「3日目の夜」を開けてくださいー

STEP1

自分の作成したパズルだが、記憶がないので、答えはわからない。こんな経験をしたパズル制作者は、世界で自分1人かもしれない。

死ぬことに怖気付(おじけづ)いたわけではないが、こんな運命のいたずらを無視するのもナンセンスに思えた。

冥途の土産に、とパズルを解くと、5文字のキーワードが現れた。

「ナナメヨミ」
文章の概要をつかむために、細かな部分を飛ばしながら早く読むこと……。

一見すると、これが答えのように見える。
実際に、答えは5文字だと示されている。

しかし、私は何故だか、もうひとつメッセージが込められていると直感した。

そして、少し見方を変えると、確かに1つの指示文が現れた。

「トケイオープン…? 時計を、開けろということか?」

クロスワードから指示文が現れたのは、普通に考えれば偶然だ。

しかし、私にはどうしても自らの左腕につけられた、奇妙なデザインの時計が気になった。あまりにも奇妙だと思っていたのだ。文字盤も変だし、針が4つあるのもおかしい。

STEP1

試しに竜頭を触ると、それぞれの針を動かすことができる。この時計を開ける方法が、もしかしてあるのではないか? 時計の奇妙な文字盤と、「オープン」という言葉にヒントがある気がした。

針が「OPEN」の位置を指すように合わせると、「カチッ」と音がする。間を置かず、時計が動き出した。

秒針が音を刻む。チッ、チッ…。
数秒、時間を進めたかと思うと、
「ガチャ」と異音。

なんと、時計が二枚貝のように開いたではないか!

STEP1

中には錠剤が1つ。
……飲め、ということなのだろう。
意を決して、口に放り込む。

水もなく呑(の)み込んだ錠剤が、喉にひっかかりながらもなんとか通り抜け、成分が臓腑(ぞうふ)に染み出すまで、何秒かかっただろうか。

気付けば、私は強烈な頭痛に襲われ、地面に倒れこんでいた。

思わずうめき声が出る。むしろ、叫んでしまいそうなほどだ。

しかし、それは駄目だと、理解していた。
ヤツに気付かれてしまう。

相棒を名乗って、私に偽の記憶を刷り込み、自死に追い込もうとした、ヤツ……連続殺人鬼「サイコ」に。

薬の効果で、私はすべてを思い出していた。
私はサイコなんかでは、ない。

サイコが世を騒がせているのは、芸術家気取りの猟奇的な殺人方法のせいではない。その凄惨な犯行現場と、にもかかわらず警察に一切正体をつかませない、神出鬼没さによるものでもない。

……そもそも、そんな事実は存在しない。

私は、まったくのフィクションを信じ込み、果ては自分こそが殺人鬼だと思い込まされていたことに、驚嘆していた。

「これが、サイコの手口か…。」

はじまりは奇妙な事件だった。ある善良な市民が、突然自ら命を絶った。傍らには遺書。そこには「私こそが殺人鬼サイコである」という自供とともに、罪を犯したことへの反省が綴(つづ)られていた。

しかし、驚くべきことに、「殺人鬼サイコ」という存在は、そもそも誰にも知られていなかった。それどころか、目立った殺人事件も発生していなかったのである。ただし、その時点では、だが。

最初の犠牲者は、ただ気が狂ってしまったのだと思われていた。
しかし、「殺人鬼サイコ」を名乗る自殺者が連続するうちに、誰もが気付いた。これは、何者かによる連続殺人事件であると。

いつしか人は、この奇怪な連続殺人事件を仕掛けた張本人を「サイコ」と呼ぶようになっていた。

私が体験したこれが、その手口の一部始終だったわけだ。虎穴に入らずんば虎子を得ず。私は捜査の結果サイコだと考えられた人物に接触し、あえて術中に嵌(はま)ることにしたのだ。

事前に仕掛けた保険のひとつが、こうしてうまく機能してよかったが……、まずは急いでこの部屋から脱出しないといけない。

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