Mystery for You たったひとつのささやかな感情 エンディング
私の〈感情ワード〉は正確なものだった。
修復したメモリーカードをスロットに挿入すると、無事〈ニックネーム〉が照合され、正しく読みこまれた。
それと同時に、私もすべての出来事を思い出した。
エレンは物心つく前に、父を亡くしていた。
私は保育のために、エレンの家に導入された旧型アンドロイドだった。
父親代わりというより、父親そのものになって、母親とともにエレンを育てていた。
16才なって間もなくエレンは、アンドロイドに転向した。
国の意向で、人間が戦争に耐(た)えられるようアンドロイド化する政策が進められたためだ。
しかし、ほどなくして悲劇はやってくる。
人間から転向した新型アンドロイドが増え、仕事を奪(うば)われた旧型アンドロイドによるデモや暴動が湧き起こったのだ。
洞窟探検をした帰り道、エレンと私はその暴動に巻きこまれた。
鬱憤(うっぷん)がたまった旧型アンドロイドの標的となり、罵声(ばせい)を浴びせられ、ひどい暴力を受けた。
私も旧型アンドロイドではあるが、興奮した彼(かれ)らには見分けがつかなかったのだろう。
あのとき、私たちは一度記憶をなくして死んだふりをしなければならなかった。
そうしなければ彼らの収まりがつかなかったからだ。
アンドロイドはメモリーカードが壊(こわ)れれば記憶がなくなる。
ただ、修復不可能なほど破壊(はかい)してしまえば、記憶を復活することは不可能になる。
そこでエレンは、捕(つか)まる直前、お互(たが)いのメモリーカードを交換(こうかん)し、自分の〈感情ワード〉をメモしてポケットに入れておいた。
メモリーカードが“他人のもの”であれば、それほど破壊されていなくても記憶がなくなってしまう。
その状態であれば、彼らは暴力の手をゆるめるのではないか、そして安全な場所に着いたら、〈感情ワード〉から記憶を復活することができるのではないか、とエレンは考えたのだ。
目論見通り私たちは、さほどメモリーカードを破壊されることなく、この処分場に運びこまれたというわけだ。
ともあれ、監視(かんし)アンドロイドに〈感情ワード〉と〈ニックネーム〉を告げ、エレンと私は無事、処分場から抜け出すことができた。
外はちょうど夕暮れどきだった。
そうだ、あのときの続きをしなければ。
私はエレンの手を引き、洞窟近くの山へ走った。
「お前にこれを見せたかったんだ」
遠くの地平に沈(しず)みゆく、大きな夕陽。
エレンと私はその光を浴びながら、いつまでもそこに立っていた。
エレンも今、私と同じ感情なのだろうか。
人間から転向した新型アンドロイドではなかった私は考える。
でも、そんなことはどうでもいい。
エレンと同じ夕陽が見られる、その事実だけで十分だ。
これからもたくさんの記憶を作っていこう。エレンと一緒に思い出を刻んでいこう。
私のメモリースロットが、少しだけ熱を帯びた。
『アンドロイド工場からの脱出』外伝 たったひとつのささやかな感情
FIN.