十五夜タイムトラベル ストーリー
「今日、小夜子が向かったのはバス停だ」
そう確信した僕はバス停に走った。
学校前の赤い橋を渡ると、ちょうどバスが停車していて、黒いアタッシュケースを持った男が乗り込むところだった。その後ろにもう一人、制服姿の女子生徒がいる。
小夜子だ。いつも教室で見ている横顔がそこにあった。小夜子が生きている。その感動で僕の胸は詰まった。
だが、まずい。
小夜子はバスに乗り込もうとしている。バスに乗ってしまったら、もう行方はわからなくなってしまう。
僕は必死で駆け寄り、小夜子の腕を強くつかんで引き止めた。
小夜子は驚きの表情で振り向いた。
「何するの? 離して!」
「だめだ! 行ったらいけない!」
小夜子は腕を振り払おうとしたが、僕は離さなかった。命を助けられるなら、嫌われたって構わない。
僕たち2人を残して、バスは行った。僕は未来を変えた。小夜子の命を助けることに成功したのだ。小夜子は呆然として立ち尽くしていた。
「急にごめん。でもどうしても君を行かせるわけにはいかなかったんだ」
信じてもらえるかはわからなかったが、僕は事情を説明しようとした。しかし、小夜子が僕の言葉を聞いている様子はない。うつむきがちに目を伏せて、肩を小刻みに震わせている。
「小夜子? どうしたんだ?」
顔をのぞき込んだ僕を、小夜子はキッとにらんだ。
「なんてことをしてくれたの!! これが最後のチャンスだったのに!!」
「え?」
小夜子は突然怒鳴ったかと思うと、その場に崩れ落ちて泣き始めた。
「もう何もかもお終い。みんな死んじゃう。地球はまた滅亡しちゃう」
地球が『また』滅亡する? 小夜子の言っている意味がまったく理解できない。
「どういうことなんだ。ちゃんと説明してくれ!」
「無駄だよ。事情を話してもどうせ信じてくれない」
『事情を話しても信じてくれない』。思い当たる節があった。今の僕の現状も、話しても誰も信じてくれないだろう。小夜子も僕と同じ状況なのだ。
僕は小夜子のカバンに入っていた月の本を取り出した。
「君はひょっとして……未来から来たのか?」
その言葉に小夜子は顔を上げた。
「僕も明日からやってきたんだ」
僕は月の本をもう1冊取り出して言った。
「君が殺されるのを止めるために」
小夜子の瞳は驚きで見開かれていた。
絶望で生気を失っていたその瞳の奥に、かすかな光が宿ったのを見た気がした。やはり、小夜子は未来からタイムトラベルしてきたのだ。僕はそう確信した。
「私が殺される?」
僕は小さくうなずき、これから起こることを話した。今日の夜、裏山の高台で消滅した人を見たこと。小夜子はお月見に来なかったこと。そして明日、殺害された小夜子の遺体が発見されること。
「タイムトラベルに使ったのはこの月の本と図書室の鍵、しおり3枚。それから裏山の高台で拾ったクリスタルだ。クリスタルは壊れちゃったけどね」
僕は道具を小夜子に見せた。
「君が鍵としおりを置いていってくれたから、僕もタイムトラベルできたんだ」
「どうやら本当みたいだね」
「君はいつの未来から来たんだ?」
「2034年」
「今から14年後か。一体何のために? さっき『滅亡』とか言っていたけど」
小夜子は僕に、小夜子がもともといた世界を説明した。
小夜子がいた世界では、ある1人の狂人が振りまいた細菌兵器によって、人類が絶滅の機に瀕したのだという。兵器を開発、散布したのは、この時掛町出身の「武藤」と呼ばれる男だった。
廃墟となった学校の図書室で、偶然、タイムトラベルの方法を知った小夜子は、「武藤」を止めるために、たった1人で半年前の時掛町にやってきたのだ。
小夜子は「武藤」に怪しまれないように普通の高校生になりすまし、その動向を探った。だが「武藤」はなかなか姿を現さない。
小夜子はこの半年間を2度やり直し、そして今日、このバス停に現れる瞬間が、尾行して細菌兵器散布を止める最後のチャンスだったのだという。小夜子によれば、1人の人間がタイムトラベルを繰り返せるのは3度までなのだ。
「でも、尾行したら君はその男に殺されてしまうんだ」
「そんな……。じゃあ私が過去に戻っても無駄だったの……?」
「いいや。無駄じゃない」
「え?」
小夜子は僕の顔を見つめた。
「君が過去に戻ったから、僕は君に出会って、今ここにいるんだ。そして君が死ぬのを回避できた」
「……どうしてタイムトラベルしてここに来てくれたの?」
「それは、僕は君が……」
その先は言えなかった。
「君が……何度もこのループしたこの半年間と今と、違うことが一つある。僕が過去に戻ったってことだ。2人ならきっと未来は変えられる」
そこまで言って僕は、ある違和感に気がついた。
「でも、待てよ……。もしこれから僕らが未来を変えて、細菌兵器の散布を止めたとしたら……そもそも君は未来からこの時代に来ないんじゃないか? つまり誰も『武藤』を止めないことになる。細菌兵器が散布される世界と、それを食い止める世界が延々とループして……」
「それは大丈夫。『月の本』にはもう一つ隠されたルールがある。この『月の本』を燃やしたときに、事実が確定するの」
「……つまり?」
「細菌兵器の散布を止めたあと、『月の本』を燃やせば、その時点の状況が固定される。未来の影響は受けない」
それなら、小夜子と僕の出会い自体が消え去るなんてこともないだろう。
「よし。その男の素性を教えてくれ」
「さっきバスに乗り込んだ男が『武藤』だよ」
小夜子の前に並んでいた、黒いアタッシュケースを持っていた40代後半くらいの男。たしか首に大きな黒いアザがあった。
小夜子は「武藤」について知っていることを教えてくれた。
「武藤」が細菌兵器を作るきっかけとなったのは、今から約30年前の1991年。学生のとき、旅行先のイタリアでカルト教団の教祖に出会い、危険思想に洗脳されたらしい。帰国後、しばらくして「武藤」は失踪し、その後の行方はわからなくなっていたという。
「細菌兵器がばら撒かれるのはいつ?」
「今夜8時」
「今夜……!」
ちょうどそのとき、学校のチャイムが鳴った。
午後5時だ。日はだいぶ傾いてきている。
「あと3時間……。きっと何か方法があるはずだ。探そう」
小夜子はうなずいた。
「この月の本は、あなたが持っておいて」
僕は小夜子と共に走り出した。
【手がかりEに「イタリア」、指示番号Eに35と記入すること】
【町を探索し、細菌兵器の使用を止める方法を突き止め、導き出された言葉を入力せよ】