トンネルの先の料理屋にて(7) 目まぐるしい記憶で私は目を覚ました。 私の身体は料理屋に戻っていた。 そして混乱の中で取り戻したものを何度も反すうした。 電車で起きた事件。 大勢の被害者ひがいしゃ。 容疑者を含む5人が重傷者。 そして、そんな大事件の容疑者は私。 知っているはずの記憶と、まったく知らない私の記憶が混ざりあい、胃がひっくり返るような吐き気がこみあげる。 混乱の果てに、ようやく口にしたのは、あまりに素朴そぼくな疑問だった。 「ナミちゃん、ここは一体どこなの?」 ナミちゃんは、一瞬だけ困ったように眉まゆを寄せた。 すぐにいつもの表情に戻り、淡々と告げる。 「ここは、生と死の間にある世界だよ」 「生と死の間……?」 「うん。ここに来るお客さんは、みんな生死の境目をさまよってる魂たましいなの。ただ、この世界のものを口にした瞬間、もう生きていた世界には戻れなくなる」 「じゃあ、私がやっていたことは?」 「魂を死者の国へ送りだすための、いわば儀式かな。ずっとさまよい続けるより、行くべき場所に寄せてあげたほうがいいでしょ?」 意味がわからない。 でも聞かずにはいられない。 「……どうして私が?」 「電車で起きたあの事件、思い出した? 多くの人が巻きこまれて、けが人はもちろん、生死をさまようほどの重傷者まで出た。それなのに、犯人はいまだに特定されていない。けどね……」 ナミちゃんは淡々と続ける。 「死にたそうにしてたのがあなたなんだよ。遺書も見つかったし」 朝、ノートに書いたあの文章。 あれは遺書なんかじゃない。 ただの私なりの“儀式”だ。 「それにあなたのいた車両から、事件の原因になった化学薬品が撒まかれた。だから状況的に、あなたが犯人の可能性が高いんだって」 (……そんな) 「犯罪や自殺に関わった魂はね、普通ふつうの魂とは違ちがって、しばらくここで働いてもらう決まりなの」 ナミちゃんは説明を続ける。 「あなたの場合はまだ犯人と確定はしてないし、よく働いてる。ノルマを達成したら解放されるみたいだよ」 なにそれ。 「ノルマはあと一人。もう少しだね」 この世はすべて理不尽だ。 私は人を巻きこむような事件を起こした覚えなんてない。 私のせいじゃない。 そう思いたいのに。 それでも私は多くの魂を、見届けてしまった。 (そうか…お店に来た4人は、みんなこの事件に巻きこまれた重傷者だったんだ…) でもあと一人見送れば、ノルマは終わる。 私は“解放”。 いわゆる安らかな死だ。 “諦める” 私は、それが得意なはずだった。 今朝だってそうやって、夢を他人事にして気持ちを押し殺してきた。 “私のせいじゃない” その気持ちを呑のみこんでしまえば、あと少しで終わる。 でも、 “拝啓はいけい 諦めきれなかった人へ” その宛先あてさきは、どう考えても私自身だ。 私は本当は、何ひとつ諦めきれていない。 叶かなえられなかった夢も、“私のせいじゃない”と誰かに認めてほしい気持ちも。 どれも手放せないまま、心の底に沈しずんでいる。 ならば、私がやるべきことは……。 私は壁の時計をひっくり返した。 *** しばらくすると、再びサラリーマン風の男が店に現れた。 (よかった……元に戻ったんだ……) 胸をなで下ろすより先に、店のカウンターに置かれた機械が、低くうなるような音を立てる。 吐き出された暗号は、先ほどとまったく同じだった。 この店に来てしまった以上、料理の提供は避けられない。 だが、彼に“食べさせない”まま、ここを出てもらうには。 (どんな料理なら……) 私は、一度目に彼が語ってくれた言葉を、頭の中でなぞる。 仕事で大きなミスをした日。 先輩に連れられた食堂。 避けていた生ガキ。 それでも、人生で一番の一皿になったカキフライ。 そうだ‼︎ 私はナミちゃんに、あの料理の名前を伝えた。 サラリーマンが食べない食べ物: ※ひらがなで入力してください サラリーマンの言葉を思い出す サラリーマンに何を提供すればいいかわからない サラリーマンの話を振り返ってみよう。 さらにヒントを見る 「仕事で大きなミスをした日があってな。対応に追われて、もうヘトヘトだった。そんなとき、先輩が無理やり食堂に連れ出してくれたんだ。その食堂は、カキフライが名物でさ。俺は、生ガキに当たって以来、カキを避けていたから断ろうとしたんだけど、先輩が勝手に注文しちまってさ。仕方なく、覚悟を決めて食べたんだ」 答え 答えは「生ガキ」だ。