「沈みゆく豪華客船からの脱出」や「さよなら、僕らのマジックアワー」など多くの感動系リアル脱出ゲームを生み出しながら、新宿にある “世界一謎があるテーマパーク”東京ミステリーサーカスの総支配人を務めていたSCRAPのきださおり。2020年3月31日をもって総支配人を引退し、新しい道へ進まれるということでお話を聞いてみました。
東京ミステリーサーカス新体制のお知らせ https://mysterycircus.jp/topics/6554
■4月1日から株式会社SCRAPの執行役員になったと聞きました。
はい、「東京ミステリーサーカス」の責任者を後任・垣見良(かきみりょう)に託し、この度、SCRAPの執行役員に就かさせて頂きました。
「東京ミステリーサーカス」がスタートしたのが2017年12月19日なのですが、2年半お客さんや一緒に働いてくれたメンバーに支えられてここまでやってこれたこと、本当に誇りに思っています。
■今後に向けてはどのような気持ちですか?
体験型エンタメが成熟してきた感があって、少し手前味噌ですが、SCRAPの提供しているリアル脱出ゲームが、映画とかカラオケ、ボーリングとかそういう遊びのラインアップのひとつになってきているとは思うんです。
そんな中で、もう一段上の体験型エンタメを作りたいというか、「東京ミステリーサーカス」で学んだこと、これまでディレクターとして大小含め約70の公演を作ってきた経験を活かして、SCRAPが世界に類を見ない体験型イベントを世に出していくところに貢献したいなと思っています。
■今後は、現場を離れるのでしょうか?
いえ、そういうわけじゃありません。これまでも総支配人でありながら、自分でもディレクターとして作っていましたが、今後はむしろディレクターとしての仕事が増える予定です(笑)。
「東京ミステリーサーカス」は、アルバイトまで含めると350〜400人の大所帯で、イープラスさん、サイゲームスさん、ニッポン放送さんからも出資して頂いている合同会社だったので、事業計画、収支計画、人事など経営責任者としての比重が大きかったんです。
今後もSCRAPの経営陣として関わって行くことは変わりませんが、まったく新しい領域でのコンテンツ開発を率いて行く予定です。
■「東京ミステリーサーカス」での経験は振り返っていかがでしょうか?
それまで、道玄坂のヒミツキチラボという「東京ミステリーサーカス」を作るきっかけにもなった「企画の実験室」の責任者をやっていたのですが、規模が全然違って、億単位のお金を任せていただき、建物を一からプロデュースしていく作業は責任も重大で、最初の頃はストレスで太りました(笑)。
あと、最初から謎解き目当てで来るお客さんだけじゃなく、映画のシネコンみたいに、ふらっと入って遊べる施設にするという目的があったでの、そのためにどうすればいいかという試行錯誤は本当に勉強になりました。
その後、2年経たずに約138タイトルのコンテンツを開催し、動員100万人を達成できたこと。その結果利益を出せていることで、施設としても次のフェーズにいけるなと実感しました。
道玄坂ヒミツキチラボ。80人入れば満席になってしまう場所でした。
東京ミステリーサーカス。地下1Fから5Fまでフロアがあり、1日に3000〜4000人訪れることも。
■きださおりさんと言えば、ストーリー性を大切にしたリアル脱出ゲームと評判ですが―
そうですね、「心が動く瞬間」はすごく意識しています。入社した年(2011年)に作った一番最初のリアル脱出ゲーム「ある幽霊船からの脱出」も、実はラブストーリーですし、最初から物語での感動みたいなものにはこだわって作っていました。
よく代表作的に挙げられるのは、「忘れられた実験室からの脱出」(2014年)、「君は明日へと消えていった」(2016年)ですが、アンケートとかで「生きるための元気をもらった」「心が震えた」とか書かれているとすごく嬉しいです。
■今後挑戦したいことはなんですか?
3つくらい自分で決めた軸があるんですけど、
①「謎解きじゃない物語体験」
もちろんSCRAPといえば「謎解き」なわけですが、中には謎解きよりも物語要素が強い公演も沢山生まれてきています。そんな中「謎解きメインじゃない物語体験」という方向があるのではないかとずっと思っていて、自分としても試行錯誤を続けてきました。今後はそこに注力し、具体的にはイマーシブシアターなどの物語重視の体験型イベントを作りたいと考えています。謎解きを作るのも好きなんですが、謎解きが作れる素晴らしいディレクターはSCRAPにはたくさんいるので、自分はそっちにチャレンジしてみようかなと。
②「場所に掴われない物語体験」
この6年間くらいずっと「道玄坂ヒミツキチラボ」「東京ミステリーサーカス」という施設のための公演を作ることが多かったので、店舗ありきじゃなく、出会った場所から発想したり、あるいはイベントという形に捉われない作品の可能性をもっと追求してみたいなと思っています。例えば、アマゾンで注文したら届くデリバリー型の「ミステリー」とかあってもいいんじゃないかとか。青春体験を実際の学校を舞台に作ってみたらどうかなどを日々考えています。
③「日常が楽しくなるような物語体験」
SCRAPのリアル脱出ゲームって、ある意味で非日常な体験を求めに来てくれるお客さんが多いと思うんですけど、もっと日常の中に秘密の入り口があったり、例えば「食べる」という行為にもっと直接的にかかかる体験だったりを作りたいです。
去年ひっそりと、謎を解いた人しかたどり着けない秘密の喫茶室を作ったのですが、そこに辿り着いてくれたお客さんの驚きと嬉しさ混じりの顔が忘れられません。事業として成立させるにはかなり難しい部分もあるのですが、沢山の人をあの顔にさせるために頑張りたいと思っています。
■きださんにとって、作りたいものの本質はなんなのでしょうか?
一言でいえば「胸キュン」するものが作りたいです(笑)。
「胸キュン」といっても恋愛に限定するのではなく、すべてにおいて「心が動く」「心臓の音が鳴る瞬間」を大切にしたいです。私自身、すごく特別な人生を送ってきた訳ではないですが、毎日の生活の中に訪れるちょっとした瞬間を楽しんで生きていた自信はあって、道に迷った時に偶然素敵なお店に辿り着いたりとか、電車の中で隣の人のイヤホンの音漏れから新しい音楽を知ったりとか、片想いの人から返事を待つドキドキの時間とか、そういう瞬間をもっと体験型エンタメに落とし込んで、みんなの日常を楽しくしたいなって。
そうやって、みんなの人生がいつもキラキラしてくれたらって思ったりしています。
■具体的に準備していること、やりたいことはありますか?
まずゴールデンウィークに『有賀写真館物語』という公演を開催します。銀座の一角にある「有賀写真館」で、その創業時の大正時代にタイムトラベルし、そこで自らも撮影されながら起こる物語を体験するという、写真館ならではの体験型イベントです。会場の有賀写真館跡地は今年の5月に取り壊しが決定しています。はじめて足を踏み入れた時、大正時代から多くの人生の大切な瞬間を切り取ってきた写真館の最後の姿をみなさんにも見てほしいと思い、企画しました。
大正時代に行くために、着物を着ておめかしをしたり、出会う人の物語に参加できたり、プロのカメラマンに撮影をしてもらえたりと、今やりたいことをすべて詰め込んでいますので、こちらに来てもらえればやりたいことが理解してもらえると思います(笑)。
その他にも、宿泊型のイマーシブシアターや、面白い場所を使っての体験型コンテンツなど、沢山仕込んでいるので楽しみにしていてください。
あと『ラブライブ!ランシャイン!!』とコラボした、聖地を巡るコンテンツや、Zeppツアーを担当していたんですけど、本当に彼女達がすぐそばにいるみたいだ、ライブがすごく感動したって喜んでもらえた経験が嬉しく、2次元と3次元の差をなくすような物語体験とかは今後もいっぱい作りたいですね。
■今、世の中コロナで大変ですが―
そうですね。3月最後の週末は、東京ミステリーサーカスを休館する決断をしたんですけど、本当に複雑な気持ちで、開ける決断も、閉める決断も難しいものでした。(※インタビュー日時が3/28で、現在は4月9日まで休館中です)
自分が思う以上に、お客さんが楽しみにしてくれていて、こんな時期だから、エンタメをみんなに届けたい、心の行き場がなくなった時に、1時間だけでもすべて忘れて没入できる場所を開けておきたいっていう気持ちは本当に強いんですけど、体験型イベントは遊びに来てくださるお客さんがいてはじめて成り立つものです。そして、現場でお客さんを盛り上げてくれているのは大切なスタッフです。閉じるという選択肢しか選べず、周りのイベントもどんどん延期になって、人々の元気がなくなっていく姿を見て、無力感に苛まれました。
でも、コロナのこと関係なく、時代が進めば、エンタメの形はこれからも変わって行くと思うんです。その時、その人にとって、どんな形であれ、何かしら人生を彩る物語体験を作っていきたいです。
だから、いつ何時でも、その時の状況に合わせて、生きる支えになるようなもの、遊んでくれた人が救われるようなものを作りたいと思っています。
みなさんに安心して楽しんでもらえるが来た時に、今までの何十倍も楽しんでもらえるよう、今は必死でアイデアを出し続けていきます。
■最後にひとこと―
いまは、1人で新しい荒野に立っているような感覚です。目指す先に正解があるかはわからないけれど、心が震える物語体験を作れるように全力で頑張っていきます。同じ方向を目指していける新しい仲間が必要だなと感じていますので、何か一緒にやってみたいと思ってくださる方がいたら、いつでもご連絡ください!
■information
『銀座・有賀写真館物語』
HP: https://www.scrapmagazine.com/ariga_photo
■contact
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note:https://note.com/opeke
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